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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2940号 判決

控訴人 飯塚隆

控訴人 株式会社メツセンヂヤー 不動産

右両名訴訟代理人弁護士 斎藤兼也

同 村山芳朗

右斎藤訴訟復代理人弁護士 黒田松寿

被控訴人 浅見兼吉

右訴訟代理人弁護士 多賀健次郎

同 山口紀洋

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び立証の関係は、左に附加する外、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人らの主張)

一、本件契約については、第一次的に浅見節子の通常の代理権ないしはそれを前提とした表見代理を主張する。即ち被控訴人は平素から金借及びこれに伴う担保の設定等の権限を妻節子に授与しており、本件もその例に洩れないものである。仮に本件の場合については代理権の授与がなかったとしても、節子はその権限を超え、本件についても代理人として契約締結等の行為に及んだものであるところ、既述の如き諸般の事実関係及び仲介人の平野孫市郎が控訴人飯塚に対し「浅見夫婦は共に教育関係者であるから心配無用である。」と告げたこと等からみて、たとえ同控訴人が被控訴人に直接右の点を確かめなかったとしても、なお同控訴人には、右節子に代理権ありと信ずべき正当の事由があるものというべきである。

二、右が理由なしとした場合には、既述のとおり、本件契約は節子の日常家事代理権に属することないしはその越権による表見代理の類推適用を主張するものであるが、不動産取引安全の見地並びに第三者が他の夫婦間の代理権授与関係を立証することの困難なる点よりみて、右にいう「日常の家事」の観念は可能な限り広義に解釈運用されるべきものである。

(立証)

理由

当裁判所も亦被控訴人の請求を認容すべきものと認めるものであって、その理由は、左に附加する外、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する(但し原判決九丁裏二行目「四六年」を「四五年」と訂正する)。

控訴人らは、浅見節子の権限につき、第一次的に通常の代理権ないしそれを前提とした表見代理を主張する。しかし、当審で取調べた証拠を含む本件全証拠を仔細に検討しても、被控訴人がその妻たる節子に対し、かねて控訴人主張の如き権限を授与していたと認むべき確証は存しないから(控訴人ら提出の甲第三、四号証並びに当審証人平野孫市郎及び同堀川賢の各証言も右確証たり得るものではない)、控訴人らの本主張は失当といわざるを得ない。

次に控訴人らは日常家事代理権の主張を為すところ、なるほど不動産取引の相手方保護の見地を強調すれば右代理権の及ぶ範囲を比較的広義に解釈運用することも考えられない訳ではないが、しかし他面わが民法のとる夫婦財産独立性の原則からみるならば、右代理権を広義に取扱うことはこの原則を没却せしめる危険性を有するものといわなければならない。そうしてみると、右にいう日常家事代理権の及ぶ範囲は、これを規定する民法七六一条の法意に徴し、当該具体的案件における夫婦の共同生活関係から生ずる通常の事務の範囲にとどまるものと解するのを相当とする。いまこれを本件についてみるに、上記引用の原判決理由説示にみられる被控訴人家の状況、本件契約の態様等に照らし、本件の如く夫の数少い特有財産の一たる不動産を妻が処分する行為は、右日常家事代理権の範囲に属さぬことは明らかというべきであるから、控訴人らの本主張は失当である。

最後に控訴人らは、日常家事代理権を前提とする表見代理の類推適用を主張する。ところで、右に関する事実関係については、当審証人平野孫市郎(但し一部措信し難い部分を除く)及び同堀川賢の各証言を原判決挙示の各証拠と総合しても、原判決がその事実認定として判示するところと同一の認定に帰着する。そして右認定事実によると、控訴人飯塚が浅見節子に被控訴人を代理する権限ありと信じたとしても、尤もな点が全くない訳ではない。

しかし、いま問題とせられているのは、通常の代理権ありと信じたことの当否ではなく(この点がその前提において既に理由なきことは上述した。なお仮に控訴人らの主張中に「日常家事代理権を基本代理権とする、通常の表見代理」の主張が包含せられているとすれば、一応右にいう信頼の当否を決すべき場合に該当するが、そのような主張は現行民法の下においては採ることを得ないから((最高裁判所昭和四四年一二月一八日判決、民集二三巻一二号二四七六頁参照))、結局本件においては通常の代理権ありとの信頼の当否を論ずる余地はないものというの外ない。)、節子の行為をもって本件夫婦の日常家事行為に属する(従って同女は本件行為につき日常家事代理権を有する)と信じたか否か及び信じたとすればその当否である。

右については、原判決の理由説示にもあるとおり、控訴人飯塚において被控訴人夫婦がいずれも一介の教育関係者であるにすぎないことを知っていたこと、本件契約についてはその貸金額が三〇万円であるのに対し担保(形式は停止条件付売買)に供せられた被控訴人名義の不動産の時価はその一〇倍の三〇〇万円と目されること、右契約時において節子よりした抵当権登記等を為さざる旨の申入れを控訴人飯塚においても了承していること、なお夫婦間においては一方配偶者の実印、権利証等を他方配偶者が冒用し得る可能性が多分に存すること等を総合すると、そもそも控訴人飯塚が右節子の行為を「被控訴人夫婦の日常家事行為」と認識していたか否かにも既に疑問が存するのみならず、仮にそう認識したとしても、右のような事情のもとにおいて同控訴人が本件契約に関し被控訴人本人に何ら確かめなかったとの点を併せ考えると、結局本件契約に当り、控訴人飯塚には右のように信ずるにつき軽率な点のあったことは否め得ず、表見代理の法理を類推適用するには、なおその正当事由を欠くものといわざるを得ない。

如上の次第で、控訴人らの主張はこれを採用することができず、従って被控訴人の請求を認容した原判決を相当とすべきであるから、本件控訴は理由なきものとして棄却することとし、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 古山宏 判事 青山達 小谷卓男)

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